30を半ばまで過ぎた頃、先代魔女との契約を果たすため、俺は人殺しとなった。それが彼女の望みで「魔女殺しは殺人にはならないと歴史が証明しているから気にするな」と彼女は笑いながら逝ったが、あれから長い年月が過ぎた今も割り切ることは出来なかった。
不老不死になった俺は永遠の時間を持て余した。最初の数年は変わらず過ごしていたのだが、やがて限りある時間を生きる人達と大きな隔たりがあることを感じ始め、次第に距離をおくようになったのも暇になった理由だろう。
とはいえ、人との関わりを完全に断って生きられるほど俺は強くなかったから、浅い付き合いで済む今の生き方がせいぜいで、寂しさに負けそうになると誰かにギアスを渡してコードを押し付けて死のうかな?なんて思ったりもするが、その先にある死が怖くて結局現状から動けずにいる。人にギアスを与えるってのもはっきり言って怖い。普通じゃありえない力を誰かに与えるんだぜ?そいつがその力で悪事を働いたら俺の責任じゃん?そんなやつに力を渡したら俺だってどうなるかわからない。不死でも怪我は痛いし死ぬのは死ぬほど苦しい。憂さ晴らしに拷問するようなイカれた奴に捕まったら最後だし、一番やばいのは研究機関に通報されて捕まること。先代は捕まった経験があるらしいが、逃げ出せたのは運がいいだけだ。そんなことを考えれば考えるほど、この力を誰かに見せたらヤバイという思いが積み重なり、今の今まで誰にも能力を与えずに来た。ギアスを成長させるのにも苦労した俺を見ていた先代は、継承を諦めようとしたのも懐かしい思い出だ。
そんな生き方をしていたのに、なぜこの二人と行動をしているのか。
それには理由がある。
二人が今は亡き友人に瓜二つってのも理由だが、それ以外にもちゃんと理由はあるのだ。少なくても今いるこの街に一緒に来るまでの理由が。
最初に巡り合ったのはスザクだった。
あの日は酷い天気で、台風が直撃し宿から出る事が出来ず、あー、今日は暇だな、やることないなと思いながら目を覚ました。
風のせいで窓ガラスはガタガタと煩いし、同じバックパッカーと一緒に借りた部屋は狭く隙間風が酷い上にせんべい布団。床に直接引いているから背中も痛く体がギシギシと軋む。さらには6人もの男が雑魚寝しているからいびきもうるさくて、正直きつかったが、それでも宿が取れただけラッキーだった。
悪天候のせいで足止めを食った人たちが、碌に宿の無い田舎の村で立ち往生。俺としても旅の通過点扱いだったが、天気予報が最悪で、このまま進めば次の町にたどり着く前に嵐と正面衝突。それは流石に死んでしまう。いや、肉体的には死なないけれど、財布的な意味では死んでしまうので、ここで嵐が過ぎるのを待つことにしたのだ。
窓の外は見ての通りの大嵐。
こんな天気じゃ日雇いの仕事だってありはしない。
路銀にはまだ余裕はあるが、どうせ暇ならいくらかでも稼ぎたかったなと思いつつ、俺の全財産が入っているバックパックを背負った。
バックパッカーは、総じて金がない。
金があるならこんな旅はしない。
いや、こういう旅を好む連中も少なからずいるが、まあ、少数派だ。
大抵は、時間はあるが金は無い、だけど世界を回ってみたいという人たちばかりで、気のいい連中も多いが手癖の悪い連中もまた多いのだ。だから、俺の生活のすべてが詰め込まれたこの荷物は俺の命より大事なので、ちょっとトイレと洗顔に行く程度でもしっかりと持ち歩いている。
特に身分証明の類は大事で、それらは袋に入れて首から下げている。普通の人間と違い、俺は免許もパスポートもビザも偽造だ。
当たり前だよな、俺はもう死んだことになっているんだから。ある日突然失踪し、みんなに心配をかけた。愛するミレイさんも泣かせてしまったが、不慮の事故を装って葬式をあげる訳にも行かないから失踪以外俺には選べる道がなかった。
俺がずっと片思いを続けていたミレイさんも、独り身で通すと言い続けていたカレンもナナリーも、俺の死後みんな結婚し子供が生まれた。もしかしたら、失踪前に残した俺の置き手紙が効いたのかな?と思うこともあるが、あんな美人たちを男どもが放っておくわけがない。手紙の内容?これからの永遠の生の楽しみとして、彼らの子孫を見守りたいと思ってさ。文才のない俺なりに頑張って手紙を残したんだ。・・・ゼロになったスザクには、俺の思いは届かなかったみたいだけど、英雄だしあいつも一応死んでたから仕方ない。
みんなの子供たちもやがて結婚し、孫が生まれ、幸せな家族に囲まれながら息を引き取るまで見守っていた。
皆の葬式では周りの目も忘れ号泣してしまい、親族と間違われたものだ。
まあ、何が言いたいかって言うと、普通の人たちと違い、とっくに死んでる人間だから身分証の再発行は簡単にできないってことだ。その手を扱う裏社会の人間が住んでいる場所に行って、大金積んで本物そっくりのものを用意してもらわなければならない。それが本当に大変で、ここのように小さな国だとその手の物を扱っている人間すらいない可能性があり、そうなると詰んでしまう。隠れながら陸を渡ってそういう国へ密入国できればいいが、場合によっては、海を泳いで隣国へ!レベルの大変な目に会うのだ。経験上それらは二度とやりたくはない。
身分証は俺の命よりもずっと大切なものなのだ。
こう考えると俺の命って軽いし安いよな。
トイレと洗顔を済ませ、さてどうしよう、部屋に戻るか?と考えたが、いびきも歯ぎしりもうるさくて臭い部屋に戻りたくないなと考え、安宿に併設されていた小さな食堂で何か食べれないだろうかと、建物内を歩いた。
フロントに店主がいたので、ちゃんと明日までの宿泊になっているか念のため確認することにした。たまにあるんだ、予約してるのに忘れられるやつ。こんな嵐で放り出されたらたまらない。
「おはよーございます」
「おや、おはようございます。出発・・・されるんですか??」
荷物を背負った客に挨拶されればそう思うよなと、俺は苦笑いした。
しかも今は6時。早い人なら既に出発の時間だろう。
「まさか、こんな天気じゃ出歩きたくないですよ。明日まで泊る予定なんですが、その辺大丈夫ですよね?」
「はいはい、お名前をお願いしても?」
「リヴァル。リヴァル・カルディコット」
最初はばれたら大変だとびくびくし偽名を使っていたが、同姓同名なんてごろごろしている事に気付き、今は殆どファーストネームはリヴァルで通している。ファミリーネームは適当で、カルデモンドに似せてることがほとんどだ。呼ばれてもすぐに自分だってわかるのがいい。ああ、カルデモンドは念のため避けている。たまにアッシュフォードやランペルージと名乗る事もあるが、本当にたまーにだ。
「カルディコット様・・・ええ、明日までの予定になってますね」
「ああ、よかった。ところで、この嵐っていつまでか知ってます?」
テレビも無く、ラジオも無い部屋だったし、俺の持ち歩いているラジオも電波が悪いのかまともに聞こえないのだ。
「今日の昼には過ぎると、ニュースでやっていましたよ」
「昼か―。それまでの間働ける場所とかあったりしない?」
「この天気だと難しいと思いますよ、天気が良ければ工事の仕事があったはずですが」
この嵐で現場がどうなっているかは解りませんが。と宿の主は言った。まあ、予想通りの反応なので「ですよねー」と、軽く返しておいた。俺たちみたいな連中は金があまりなく、日雇い仕事をする事は主人もよく知っているのだ。
食堂は8時すぎないと開かないけれど、席は使っていいというので、さてさて本格的に暇になったなどうしようと考えていた時、宿の扉が開いた。
扉は強風に煽られ、外を荒れ狂っていた風が室内へとなだれ込んで来た。一瞬、風で扉が壊れたのか!?と思ったが、何の事は無い、来客だった。全身ぬれねずみで、着ていた雨具はまったく意味を成さず、髪の毛からは滴が滴り落ちていた。
ぜえはあと荒い息をしていて、外を歩くのがどれほどヤバイかよく解った。
まあ、この雨量だ当然の結果だろう。
そんな天候なのにやってくるなんて、この辺に住んでいる人なのかな?急ぎの用なのかな?と思い店主を見るが、どうやら知らない人のようだった。
来客はだるそうな動きで扉を閉めた。
煩いまでの轟音が、扉一枚分静かになる。
その時ようやく、この来客が大きなバックパックを背負っている事に気付いた。つまりバックパッカー。俺と同類だ。こんな嵐の中歩いてたなんて自殺行為にも程がある。
水を滴らせふらつく足取りでフロントへ向かうので、宿主は慌てた。
「お客様お待ちください、そのままでは水びだしになってしまいます」
男が歩いた後は、面白いぐらい水たまりが出来ており、あーこれは雨具の中もぐっしょりだな、御愁傷さまと心の中で同情した。旅をしていれば予定外の悪天候にぶつかるなどざらだから、当然俺にもこんな経験はある。
「あ、すみません」
慌てたように客はその場で立ち止まった。
その声に、俺はあれ?と首を傾げた。